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I AMの声 — 内なる自己との対話

探していた私が、探すのをやめた日。この場所をつくった理由

2025年3月31日
読了時間: 7分

更新日:3 日前

はじめまして。


このサイトで文章を書いている、凛風リュウジです。


ここでは少しだけ、私自身のことをお話しさせてください。どんな経歴を持ち、何を学んできたかということよりも、なぜこの場所をつくり、なぜ書き続けているのか。そのことを、一つの小さな物語としてお伝えできたらと思います。


長いあいだ、私は何かを探していました。


それが何なのか、自分でもうまく言葉にできませんでした。ただ、胸の奥のどこかに、埋まらない空白のようなものがあって、それを満たしてくれる何かが、きっとどこかにあるはずだと信じていました。


私はかつて、美容師として働いていました。毎日、鏡越しに誰かの顔と向き合う仕事です。

その後、Webデザイナーとして、画面の中に誰かのための場所を形づくる仕事もしてきました。


振り返ってみると、どちらの仕事にも共通していたのは、「誰かがその人らしく在るための形」を整えることだった気がします。けれど、その一方で、私自身が自分らしく在るとはどういうことなのか、肝心のその答えだけが、いつまでも見つからないままでした。


今思えば、その空白の始まりは、ずっと幼い頃にあったのかもしれません。


家族や親戚と一緒に、車で出かけたときのことです。隣の車を追い越したあと、幼い私は遠くを走る車を指差して、「あの車も追い越して!」と言いました。大人たちは笑いながら、「そんなことをしたらスピード違反になるよ」とたしなめました。


ただそれだけの、他愛のない出来事です。


けれど私はそのとき、なぜか強い恥ずかしさと、取り返しのつかないことを言ってしまったような罪の意識に包まれました。自分の思ったことを口にするのは、危ないことなのかもしれない。幼い心の奥に、そんな小さな信念が、静かに根を下ろしたのです。


その信念は、大人になっても形を変えて、私の中に住み続けました。


愚かではいけない。

間違ってはいけない。

有能でなければならない。


人と深く関わると、すり減ってしまう気がしました。だから私は、世界との接触をなるべく少なくし、自分の感情を押し込め、頭の中の思考の世界に、安心できる場所をつくろうとしていました。


そして私は、探しました。


本を読み、さまざまな教えを学び、知識や論理の中に、自分の存在する価値を見出そうとしました。心が惹かれる言葉を見つけるたびに、今度こそと思いました。けれど、学べば学ぶほど、不思議なことが起きていました。


知識は増えていくのに、あの空白は、少しも小さくならなかったのです。むしろ、「もっと理解しなければ」「まだ何かが足りない」という声が、いっそう強くなっていくようでした。


答えらしきものを手に入れては、しばらくすると、また同じ場所に戻ってきている。まるで、自分の尻尾を追いかけて、ぐるぐると回り続けているような日々でした。そんな私の人生が、大きく揺らいだときがありました。


結婚して、夫婦二人で暮らしていた住まいを、家族や親戚にも迷惑をかける形で失ったのです。財産はすべてなくなり、親しかった友人の多くが離れていきました。住む場所を転々としながら、私は自分の無力さと、正面から向き合うことになりました。


それまで懸命に積み上げてきた知識も論理も、そのときの私を支えてはくれませんでした。絶望の底で、私にできたのは、ただ問うことだけでした。


「この状況には、どんな意味があるのだろうか」


その頃に出会ったのが、『ア・コース・イン・ミラクルズ(奇跡のコース)』でした。


はじめは、正直に言って抵抗がありました。馴染みのないキリスト教的な言葉に戸惑い、これまで学んできたこととぶつかるのではないかという不安もありました。それでも少しずつ読み進めていくうちに、ばらばらだった知識が、一本の糸でつながっていくような感覚が生まれていきました。


世界は、私の内側の状態を映し出しているスクリーンのようなものだということ。そして、ずっと見ないようにしてきた怒りや恥、恐れや罪悪感に、そっと光を当て、ありのままに見て赦していくことが、本当の自分へと帰る道なのだということ。


その実践を続けるうちに、少しずつ、世界の見え方が変わっていきました。他人に向けていた苛立ちや批判が減り、世界のほうが、私にやさしくなっていくように感じられました。長いあいだ張りつめていた両親との関係も、ゆっくりとほどけていきました。


そして、2024年の冬のある朝のことです。


散歩の帰り道、公園の脇を歩きながら、私はふと、自分の内側に向かって語りかけていました。


「あなたの声が聞きたい」


すると、音のない声で、こう返ってきたのです。


「私はいつも語りかけています」


その言葉を受け取ったとき、私は気づきました。


声が届いていなかったのではなかったのです。探すことに忙しくて、耳を傾けていなかったのは、私のほうでした。何十年も遠くばかりを見つめていたあいだも、その声は、一度も途切れることなく、ここで語りかけていたのです。


探している私こそが、探されていたものだったのかもしれない。


それは、何か新しいものを見つけた、という感覚ではありませんでした。むしろ、ずっと目の前にあったのに、遠くばかりを見ていたせいで気づかなかったものに、ようやく目が合った、という感覚でした。眼鏡を額に乗せたまま、眼鏡を探し回っていた人が、ふと鏡を見て笑ってしまうような。そんな、拍子抜けするほど静かな気づきでした。


空白だと思っていたものは、欠けているのではなかったのです。それは、何ものにも埋められる必要のない、もともとの広がりでした。私が必死に埋めようとしていたその空間こそが、「私は在る」という、いちばん深い私自身だったのだと思います。


もちろん、その日を境に、すべてが劇的に変わったわけではありません。今でも迷いますし、心は揺れますし、昔の癖にからめとられることもあります。ただ、ひとつだけ変わったことがあります。揺れているあいだも、その揺れを見ている静けさが、ここに在るのだと知っていること。そして、忘れてしまっても、何度でも思い出せばいいのだと知っていることです。


では、なぜ私は書くのでしょうか。


正直に言えば、この気づきは、言葉で説明しきれるものではありません。言葉にしたとたん、それは知識になり、また探すべき何かに変わってしまいます。私自身が、まさにその罠の中を長く歩いてきました。


だから私は、説明するよりも、物語や比喩という器を選ぶようになりました。


理屈は、頭の正面玄関を叩きます。けれど物語は、裏庭の小さな扉から、そっと心の奥に入っていくことがあります。読み終えたあと、何が書いてあったかは忘れても、「ああ、これは知っていた」という感覚だけが残っている。


そういう言葉を、私は書きたいと思っています。


今の私の言葉の根には、『奇跡のコース』だけでなく、仏教の智慧や、心の癖を映し出すエニアグラムの学びも、静かに流れています。入口はそれぞれ違っても、どれも同じ一点を指していると感じているからです。


このサイトに並んでいるのは、その器のいくつかです。


日常の小さな出来事から「在る」を見つめるエッセイ。古今東西の智慧や科学の知見をたどりながら、同じ一点へと帰っていく探求の記事。読者の方から寄せられた問いに、一つずつお答えする記事。


そして、ここには載せきれない長い物語として、小説も書いています。


形は違っても、どれも同じところを指しています。あなたが一度も失ったことのない、あなた自身のことを。


最後に、この場所について、一つだけお伝えさせてください。


ここは、何かを教える場所ではありません。


私があなたより先に答えを知っていて、それを手渡す、という場所でもありません。


私もまた、日々思い出し、また忘れ、また思い出しながら生きている一人です。だからこそ、あなたと同じ場所に立って、同じ方向を一緒に眺めていたいと思っています。


ここは、教える場所ではなく、一緒に思い出す場所です。


もし、あなたもずっと何かを探してきたのなら。


その探す旅そのものに、少し疲れているのなら。


どうぞ、ここでひと息ついていってください。


探しているあなたこそが、ずっと探されていたものなのかもしれません。





── 凛風リュウジ




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