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I AMの声 — 内なる自己との対話

探し続けた先に、何が待っているのか

11 分前
読了時間: 5分
もう何年も、心の探求を続けてきました。本棚には、真理や目覚めについての本がずらりと並んでいます。気になるセミナーがあれば足を運び、瞑想会にも通いました。そのたびに「今度こそ」と胸が高鳴り、しばらくは何かがわかったような気がするのです。けれど、少し時間が経つと、また元の自分に戻っている。悩むことも、迷うことも、何年も前とほとんど変わっていない気がします。私はこのまま、探求を続けるべきなのでしょうか。それとも、もうやめてしまったほうがいいのでしょうか。

お便りをありがとうございます。


何年ものあいだ、本を開き、足を運び、問い続けてきたこと。その長い道のりを思いながら、このお返事を書いています。


最初にお伝えしたいのは、あなたが歩いてきた時間は、何ひとつ無駄ではなかったということです。そして、「何も変わっていない」と感じて立ち止まっている今この場所は、探求に失敗した場所ではありません。この道を歩む多くの人が、いつか必ず差しかかる、とても大切な曲がり角なのです。


私自身も、長くこの曲がり角に立っていました。


かつて私の本棚にも、真理について書かれた本が隙間なく並んでいました。新しい本を開くたびに、そこには今度こそ答えが書かれているような気がして、夢中でページをめくりました。線を引き、書き写し、何度も読み返す。読み終えた瞬間には、確かに視界が開けたような感覚があるのです。


けれど翌朝になると、いつもの不安や焦りが、何事もなかったかのように顔を出しました。そしてまた、次の本へと手が伸びる。気がつけば、本の数ばかりが増えていき、肝心の自分は何年も同じ場所をぐるぐると回っているように感じていました。


あの頃の私は、目覚めとはどこか遠くにある「まだ手に入れていない答え」なのだと思い込んでいたのです。正しい本、正しい教え、正しい師に出会えさえすれば、いつかそこへたどり着けるのだと。


では、私たちは本当に、まだ何かを見つけていないのでしょうか。


ここで、真っ暗な夜道を思い浮かべてみてください。


一人の人が、懐中電灯を手に歩いています。足もとを照らし、木々を照らし、遠くの茂みを照らしながら、その人は一生懸命に何かを探しています。


「光はどこにあるのだろう」と。


照らされた場所を見れば見るほど、そこには石や草や木の幹があるばかりで、探している「光そのもの」は、どこにも見つかりません。その人はため息をつき、もっと遠くを、もっと別の方向を照らそうとします。


けれど、その人が探している光は、いったいどこにあったのでしょうか。


それは、照らされた先のどこかにあったのではありません。最初から、その人自身の手の中で、ずっと輝き続けていたのです。あたりのすべてを照らし出していたのは、まさに探しているその光でした。


本を読むことも、セミナーに通うことも、懐中電灯であちこちを照らすことに似ています。照らされた言葉の中には、確かに美しいものがたくさんあります。けれど、それらの言葉を読み、頷き、心を動かされていたもの。それこそが、あなたが探し続けてきた光そのものなのです。


そして、もうひとつ、問いを置かせてください。


「何も変わっていない」と、あなたは感じています。では、何年ものあいだ、本を読む日も、迷う日も、落ち込む日も、そのすべてを変わらずに見つめてきたものは何だったのでしょうか。


悩みの中身は、日々移り変わってきたはずです。理解した気持ちも、わからなくなった気持ちも、来ては去っていきました。けれど、それらすべてに気づいていた眼差しだけは、何年も前から、ただの一度も変わってはいません。


「何も変わっていない」という嘆きの中に、実は答えそのものが隠れていたのです。変わらないものは、最初からずっと、ここに在りました。


私がこのことに気づいてから変わったのは、探求をやめたことではありませんでした。探している「私」に、ふと気づくようになったことでした。


探求をやめるか、続けるか。その問いの答えは、どちらでもいいのだと思います。本が好きなら読み続けて構いません。心惹かれる場があるなら、足を運んで構いません。ただ、その歩みが「まだ足りない私」を満たすための旅であるかぎり、どれだけ遠くまで照らしても、光そのものは見つかりません。


探すことをやめるのではなく、探している自分に気づく。そのとき、何年もの探求の時間は、遠回りではなく、自分の手の中の光に気づくための、愛おしい道のりだったのだとわかります。


もしよろしければ、次に本を開くとき、ほんの少しだけ、ページをめくる手を止めてみてください。


そして、表紙に触れたまま、ひと呼吸だけ置いて、心の中でそっと問いかけてみるのです。


「今、この本を読もうとしているのは誰だろう?」


答えを出す必要はありません。何かを感じ取ろうとしなくても大丈夫です。問いを置いた瞬間に、照らされた先から、照らしている手もとへと、ほんのわずか視点が戻ってくる。その静かな軽やかさに触れていただければ、それで十分です。


それから、もし探求そのものに疲れてしまったなら、しばらくすべての本を閉じて、何もしない日々を過ごしてみるのも素敵なことです。何もしなくても、あなたが「在る」ことは、少しも損なわれないのですから。


あなたは、まだ何かを見つけていないのではありません。探し続けてきたその光で、ずっと世界を照らし続けてきたのです。


何年もの歩みも、迷いも、立ち止まっている今日も、あなたは一度だって「在る」から離れたことなどありませんでした。


どうか、ここまで探し続けてきたご自分を責めずに労ってあげてください。そして、ときどき懐中電灯を胸に引き寄せて、その温かさにそっと触れてあげてください。




── 凛風リュウジ

長い旅の途中で、ふと立ち止まったあなたへ



あなたの問いをお寄せください


【あなたからの問いへ】では、読者の皆さまから寄せられた問いに、毎週木曜日にお返事を書いています。


日々の暮らしの中で「在ること」について迷ったこと、うまく言葉にできない揺れや疑問があれば、どうぞお気軽にお寄せください。


お名前やご事情は伏せたうえで、記事の中でお答えさせていただくことがあります。



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